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久々の更新:実はこんなことがありました

こんばんは。

超久しぶりに更新をします、ブーちゃんマンです。


前回の記事から、なんと20日も経ってしまいましたので、またもや沢山の方にご心配をおかけしてしまったこと、お詫びします。

実はかくかくしかじか、いろいろありまして…

ようやく、ひと段落ついたので、何があったかをこのブログに記したいと思います。


私の父方の祖母が、脳梗塞を起こしてしまい、入院してしまいました。

実際は2回起こしているのですが、1回目はどこの病院も満床で、点滴を受けたあと自宅に帰ったんだそうです。

先週たまたま、久々におばあちゃんちに行きたいね、ということで祖母に電話をしたら、ちょうど祖母が病院から自宅に戻ったところでした。

母も私もびっくり仰天、翌日の朝一に那須を出発し福島へ向かったところ、祖母は近所のお医者さんで点滴を受けているところでした。

診察室で点滴を受けていた祖母は、私達親子の姿を見て、泣いて喜んでくれました。

しかし、祖母の様子を見て、母が母方の祖母に電話をしたところ、母方の祖母は
「ちーちゃんかさっちゃん(私の上の妹)、どちらかをお義母さんのところに置いて行った方がいいよ。」
というので、私が残ることにし、母と妹は家に帰りました。


翌日の朝方、まだ薄暗い5時ごろだったと思います。
私は祖母の寝室の隣にある部屋で寝ていたのですが、なんだかうるさいと思ったら、
祖母がドアを杖で叩いていました。

寝ぼけ顔でドアを開けると、廊下に祖母が足を伸ばした姿勢で座っていました。
祖母曰く、トイレに行こうとしたら、足に力が入らずベッドから転がり落ちてしまい、寝室からやっとの思いで隣の部屋までたどり着いたということでした。

祖母の様子を見て、私は顔面蒼白でした。
何しろ、立たせることができません。
私がどんなに立ち上がらせようとしても全然ダメ。
祖母と2人で、ゴム紐を使ってみたり、腰掛を持ってきたり、杖を2本にしてみたり、ありとあらゆる手段を尽くして、やっとの思いでトイレを済ませ、祖母が寝付いた頃に私は母に電話をし祖母の様子を話しました。
そして、かかりつけのお医者さんにも祖母の様子を知らせたところ、
お医者さんは、祖母が自宅に帰ってから、ずっと受け入れてくれる病院を探してくれていたのですが、どこもかしこも満床で、どこもあてがない、というお話しでした。

祖母の家から歩いて1分もかからないくらいの近所にあるクリニックさんですが、
今の祖母の状態ではとても連れてゆけないことを伝えたら、自宅まで点滴を打ちに来て下さるとのこと。

目を覚ました祖母にそのことを伝えたら、早速来て頂くことに。

祖母が自分で携帯電話からクリニックさんに電話をしたのですが、
なんだか呂律がおかしい…。


早速、お医者さんが看護婦さんを連れて、家に来てくださったんですが、
祖母の様子を見るなり、救急を呼んだ方がいいと。

目まぐるしいスピードで、病院への連絡、紹介状の書きなおし、ありとあらゆる手配をして下さったんですが、
私は横でうろたえながら、とりあえず祖母のハンドバッグと自分のバッグを準備しました。

そんなことをしている間に救急車到着。初めて救急車に乗りました。

そしてあっという間に病院に到着。

日曜だったので、当直の先生が診察した結果、祖母は入院することになってしまいました。
ちょうどベッドに空きができたんだと思います。

病状は、呂律が回らず、左半身にしびれがある程度で収まり、意識ははっきりとしているから、脳梗塞は間違いないが、軽症で済んだとのお話しでした。

救急車騒ぎの直前に、祖母と同じマンションに住んでいるおばさんが家に訪ねてこられたところだったので、入院の準備や、必要なもの、買いそろえなくてはならないもの、何から何まで助けてくださいました。
そのおばさんも、つい先日お母様が入院されたということで、何から何まで親身になって教えて下さり、本当に助かりました。
おばさんが実家のお父様の食事の支度をするために戻られたあとは、一気に意気消沈。
かなり頑張りましたが、それでも不安で一杯、心細くてしかたがありませんでした。

でも、一番怖かったのは祖母です。
救急車に乗り込む直前、乗り込んだ後、病院についてからも祖母は担架の上で、
「怖い、怖い」
と言っていました。
祖母はとても気丈な人ですが、あんなに怖がっている姿は生まれて初めて見ました。

私も怖くてしょうがなく、ひょっとして祖母が歩けなくなってしまうのでは?という不安で一杯で、
祖母に声のひとつもかけてあげられなかったのが、心残りです。


さて、とても長くなってしまいましたが、これでもまだまだ氷山の一角。

この後、私は会社を休んで、祖母の看病のために一人で祖母の家に泊ってました。
初めての一人暮らしです(苦笑)

ちなみに、祖母は見る見る間に回復し、今は元気にリハビリ科で車いすを乗り回しています(笑)
まだ歩くことは出来ませんが、入院から4日目には私の支え無しで立つこともできるようになりました(涙)
そんな回復劇の一部始終を見てしまいましたので、落ち着いたらブログに書こう!と思いました。


なので、しばらく続きます。
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コメント欄

今日は日曜日。
朝からうちの妹は外に繰り出し、雪遊びです。

さてさて…いろんな方から投稿頂いてる、当ブログのコメント欄。

こんな些細なブログですが、この事件を通して様々なご意見をいただいてます。

残念なことに…かなりひどい言葉、悲しいことを書き残される方が多く、
ズタズタにされるような思いで、目を通しています。



正直、辛いです。悲しいです。




目を覆いたくなるようなものもありますが、すべて読んでます。

悔しいし、カチンとくるし、言いたいことは山ほどあります。


でも、今はすべてをお話しすることはあえてしません。



知人から、「コメント欄を休止したら?」というアドバイスをもらいました。


なんであなたがこんなことを書かれなきゃいけないのか…
みんな言ってくれます。

しかし、私の気持ちとしては、コメントはこれからも受け付けようと思います。

何故そう思うのか?…いろいろと、思いがあるのです。
お察し下さいm(_ _)m


ホームオブハートにまつわる事件というのは本当に複雑な事件で、未だに公になってない真実はまだまだあります。
また、今回の事件のことも、きっとよい方向に向かっていくでしょう。


私は、現在は株式会社ホームオブハートのスタッフですが、
6年前に突然連れてかれた子供本人でもあります。


当ブログやHPはすべて私が管理しています。
他の人は一切、関与させていません。
HPの方は、公開前に弁護士の先生に見てもらうことはありますが…
私個人で運営してます。


「ブーちゃんマン」というハンドルネームは、
私の親友が私につけたあだ名を元に「ウルトラマン」のように強くなれればという思いで、私が決めた名前です。

普段の私は、下の名前で呼ばれてます。

某サイトの書き込みではすでにそうなってますが、
「ブーちゃんマン」だと長いので、「ぶーちゃん」とか「ブー」とか適当に省略していただいて全然OKです。



とりとめもないブログですが、これからも頑張って更新しようと思います。

MASAYAさん達のこと

こんにちは。

今日は、MASAYAさん達のことについて、書こうと思います。

今回の件では本当にいろんなことを言われましたし、昨日もどこかで記事が出ました。

HOH側は相当怒っているだろう、と思っている方が殆どかもしれません。


なので、私が今実際見ている皆の様子を少しだけ、書きたいと思います。


MASAYAさんや、株式会社ホームオブハートの皆さんと関わりはじめて今年で11年目になります。
この11年間、いろんなことがありましたが、
MASAYAさん、スタッフの皆さん、社長さん、会長さん達は本当に温厚な人達だなぁ…と思います。



「なんだそりゃ!」
と思われるかもしれませんが、本当にそうなんです。



どんな目に遭っても、温厚。
何を言われても、温厚。
あきれるくらい、温厚。

温厚篤実な人達です。


この間も、打ち合わせがありました。


打ち合わせを終えて、
この人は本当に深い人だなぁ…と思いました。


MASAYAさんという人は、
自分がひどい目に遭ってるにも関わらず、
ToshIさんが無事に成功するように心から願ってしまう、そんな人です。



昔、誰かがMASAYAさんのことを「人が良すぎる」と書いていたことを思い出しました。

だからひどい目に遭ってしまう、と言われればそうかもしれません。

でも、こんなひどいこと言われてる最中に、
「しあわせになってください」なんて言葉、普通は出ないです。

もちろん、正義はありますし、責任を取らない、ということではありません。
きちんと処理するものは処理しています。


皆の様子を見てて、「こんな対応の仕方もあるのかぁ…」と思いました。

私はどっちかというと、理不尽なことは許さないタイプなので、
嘘をついてカツ上げをしようと企む連中にはこれからも立ち向かおうと思ってますが、

MASAYAさん達は
どんな誹謗中傷の中でもしあわせに暮らし、
相手の幸せまで願ってしまうぐらい、温厚な人達です。


そのことはお伝えしたいと思い、このような記事を書きました。

2月になりました。

こんにちは。ブーちゃんマンです。

いろんな方から、「大丈夫?!」とご連絡を頂きましたが、私は元気に暮らしています。

激励のメールも沢山頂いておりますが、まだまだお返事が書ききれておりません。
この場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。


いろいろと騒がれて早2週間が経ちますが、今回の騒動を見つめ、いろんなことを考えました。

今回は、私が感じたことを素直に書こうと思います。


私は、2004年に起きた児童虐待騒動に何が何だかわからないまま巻き込まれ、
虐待の事実なんて欠片も無いのに連れ去られたことをきっかけに、
MASAYAさん達に無実の罪をかぶせる人々と戦う決心を固め、
紀藤弁護士らに対する懲戒請求と同時にHPの運営をスタートしました。

TOSHIさんらがMASAYAさんの音楽を知ってから現在までの経緯や、
ホームオブハートが歩んできた記録、
相手側の人達が出してきた資料のほぼすべてに目を通した私が、
今、感じたこと、考えている内容です。

故に、わかりづらい内容かもしれません。


この12年間、TOSHIさんが行ってきた活動のすべて、
少なくとも、彼の歌声、彼の純粋さに心打たれた方々が沢山いらっしゃること、
何千箇所にわたる老人ホームの方々や、学校の子供たちが涙したこと、
その姿は今も、沢山の人々の心に残っています。
あの頃の想いを胸に抱いた方々が今もいることは、
この先どんなことがあっても、まぎれのない事実として残ると思います。

逆風が吹く中、純粋さを貫くことはとても大変なことですが、本当に頑張っておられたと今でも思います。


そして今、いろんな出来事がありましたが、私はこう感じています。

純粋な生き方をすると「洗脳された」ことにされ、やめたら「洗脳が解けた」とみなされる。

※「純粋な生き方」「純粋さ」と書くと、またいろいろ言われるかも知れませんので、私の理解として説明します。
「純粋な生き方」「純粋さ」とは、誠実でまっすぐで純真すぎるがために、不器用な生き方かもしれないけれど、人間として心から尊敬できる生き方のこと、そういう人を表す言葉として私は使っています。

まるで、純粋さなど持つな、ひたむきさなど持つな、既成通りの生き方をしろ、と、強要されているように感じてなりません。

「??何を言ってるんだ?」と思われるかもしれません。
今回の事件には、いろんな背景があり、いろんな事実があり…
いろいろ考えた結果、このような結論に達しました。


美しい音楽を作り、いい商品を作って、幸せに暮らしているところに土足で踏み入り脅してカツ上げをする人達に狙われてしまった、これが本当の真相です。

このことは、6年前の児童虐待の時も感じました。

幸せに暮らしているところに、土足で踏み入られ、妹たちが連れ去られました。
実際に保護に立ち入ったのは児童相談所の方ですが、児相さんが悪いのではありません。

でっち上げてしまえばいい、マスコミを使って広げればいいと、企んでいる人が本当にいるんです。

洗脳だなんだと言われていることは、すべて98年からでっち上げられたストーリーで事実無根のことです。
MASAYAさん達は、何も悪いことなどしていません。
TOSHIさんだってそうです。彼は何にも悪いことなどしていません。

しかし、一度怪しげなものとしてでっち上げれば、何を言っても信用なんてされません。
どんなに事実を話しても、あくまで怪しげな人が言っている言葉として受け取られるだけ。

まるで現代版魔女狩りのようです。

純粋な人を脅し、怪しげなものとして弾圧する、
この活動こそが真の社会悪ではないでしょうか。



私は、そう感じています。
プロフィール

ブーちゃんマン

Author:ブーちゃんマン
「子供たちからの声」管理人
A型 おひつじ座 左利き 字が汚い..orz


流行にのって(笑)ネット上でもいろんなところに顔出してますので、見かけたらよろしくしてくださいませませ。

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